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07/11/2010

METライブビューイングに行って来た。本日は「ラインの黄金」。ブリン・ターフェルのヴォータン初役。

本来的には、特筆すべき舞台ではなかった、というべきなのだろう。床板を強化しないと設置できなかった、というセットも凡庸であり、歌手も高さの恐怖を克服できなかったのだろう、ワイヤーまで付けながら格別生かす動きもなかったのが更に惜しい(気持ちは分かるが)。ジェイムズ・レヴァインの振るオケも、まあいつもながらと言うべきか、非常に無難な伴奏に留まり、全体として言うなら、新しい提案を完全に欠いた「指輪」になっている。

にも拘らずこれが結構面白い「ラインの黄金」だったのは、ソリストが揃っているからだ。それもまた、METだねえ、であると言ってしまえばそれまでだが、変な解釈に煩わされずに、ただもう歌手が生きいき、がオペラとして美徳であるとすれば、これはそういう美徳に満ちた舞台だ。エリック・オーウェンのアルベリヒもステファニー・プライスのフリッカもブリン・ターフェルのヴォータンも、飽くまで、きっちりやっている、の範囲でいい味を出している。

何より、余計な解釈や提案を抜いた場合、「ラインの黄金」にはそもそも何が含まれているのか、が、昨今の歌手の高度な演技力(テレビドラマくらいの心理表出はお手の物なんだが、録画なら兎も角あれは客席から見えるのかね――とすればビデオ時代のオペラに要求される「水準」を明らかにしているとは言える)によってかっちり摘出されている。そこにもまた格別新しいものはないが、ワーグナーの仕事の抜かりなさは浮き彫りにされるだろう。ブリン・ターフェルが、左目を覆う煩い前髪をものともせず、開幕前の談話で語っていた通り、自分でも意識していなかった愚かしい欲望を状況によって引き出され没落を招く家長の顔、を極めて精緻に表現しているのが印象に残る。芝居達者だとは思っていたが、この抑えた表現は意外だった。ソプラノ親分みたいだよ。

そう、だからこの舞台は、「ソプラノズ」みたいに面白いのだ。あーあ、こんなに部下粛正しまくったら後がないじゃん、とか言いながら「ソプラノズ」の次のシーズンを期待せざるを得なかったように、「ワルキューレ」が期待される、と言っておこう。

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02/11/2010

18世紀フランスの出版と統制のシステム――と言うか非システムを確認しようと木崎喜代治先生の「マルゼルブ」を捲り始めたら、結局身を入れて最後まで読んでしまった。百科全書刊行時に、連中の騒々しさに苦りきりながらも色々便宜を図ってくれた出版統制局長にしてルイ十六世の弁護人、という方である。

きちんと仕事の出来る正気の人、というのが、少なくともあの頃にはいたのである。昔読んだ時には割に何とも思わなかったんだが、今にして見るとその正気さは感動的だ。余りに立派な人なので心を洗われてしまった。

とはいえ、依然最高に面白いのは出版統制局長としての仕事のあの手この手ぶりであることは変わらない。この辺だけで五本くらい小説が書けるよ。誰かやらない?

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