sk-44@地を這う難破船様
あまりにも見通しの良すぎる整理はおそらく好ましいものではないだろうと思いますが、概ね、以下の点において、こちらとの見解は一致していると思います。
まず、凌辱ゲームの現状のあり方が、古典的自由主義を前提とした場合には人権侵害と見做されないとしても、差別的な構造にただ乗りする形で社会の成員の一部を蹂躙するものとして機能している事実は無視し難いこと。故に、現状の維持を求めて「表現の自由」を主張することは「蹂躙の自由」を主張するに等しいこと。
近代が獲得してきた諸価値を前提とする「自由な社会」も完璧なものではなく、そうした社会の前提のひとつである「表現の自由」は「蹂躙の自由」を含む可能性があること。故に「自由な社会」を目指す場合にも、表現が何を「蹂躙」しているのかは常に吟味されるべきこと。現状の社会においてはまして、表現が何を意味しどう機能しているのか——現に行なわれている「蹂躙」を覆い隠す目隠しとして機能していないかどうか、を吟味する必要があること。
未だ達成されざる「自由な社会」においても——現状ではまして——存在する矛盾ないし「穴」を無頓着に放置するのは危険であること。「蹂躙の自由」への不満が高まった場合には、「自由な社会」への不信と別の社会システムへの希求を招きかねないこと。そうした社会システムが内心の自由の制約を課してくる危険があること。
従って現状においてはゾーニングの厳格化が、飽くまで暫定的な、解決法であること。つまり手っ取り早い「蹂躙」の除去と手っ取り早い「蹂躙の自由」との間でバランスを取って、かつおよそ「自由な社会」とは縁もゆかりもない国家の介入を避ける当面の解決法であること。
とは言え国家の介入は——法規制は、おそらくは、為されてしまうであろうこと。
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政治的選択とは、市民の場合であっても、常に「手っ取り早い」「暫定的な」ものであり、かつ、数ある悪手の中のまだましな解を選ぶことでもあります。全てが丸く収まる理想的な解決法があったら、その方が怪しい。手っ取り早く、暫定的で、まだましなだけ、であることがむしろ望ましいとも言えます——不満を残した状態からなら、いずれ動かすこともできる。猥褻絡みで言うなら、恥毛や性器の表現規制が随分と緩和されたように(そして結局のところ、ぼかしが目障りではなくなった、という以上の意味はないように思いますが)。
法規制は、多分、されてしまうでしょう。二次元児童ポルノまで及ぶ可能性も大です。何と言っても絡む利益が大きすぎる。これだけ通信と流通が国境を越えるようになった上は、国家間の大きすぎる扱いの落差が放置されるとも思えない(暫くは、ある種の「ヘヴン」が残る可能性もありますが、所謂先進国ではないでしょう)。にも拘らず規制に反対すると言うなら、規制賛成層や消極賛成層を取り込む必要があります——とは「表現の自由」を主張しても「蹂躙の自由」は主張しない、ということであり、つまりは、凌辱表現の流通が誰かを脅かし傷付けていることを認め、その上で、「表現の自由」によって保護されるべきだと、誰でも納得出来る理由を考えなければならない——ただし、自分たちは先天的な障害者であるというような笑止千万な主張や、凌辱で抜けなければ性犯罪に走るぞと言うような滑稽な脅しは自分で自分の首を絞めるだけです——ということになります。凌辱表現は糞だがそれでも表現の自由として守る、と言う、奇特な女性は非常に少ない。ネットで嫌悪を示している女性は敵ではなく、味方にすべき人間です。DQNはそれこそ内輪で締めておくべきでしょう。デモをするなら普通のデモくらいに女性が入っている状況を作る、ということです。表現の自由がお題目なら当然でしょう。
それでも、規制を避けることは非常に難しい。何しろ、あまりにも常識に反するものを守っている訳ですから。GTAどころかPostalを守るより難しい。GTAやPostalを規制しようという動きが出ても、同意も少なく、故にわざわざ反対する者も少ないという事態が、冷静になれば、状況の困難を語っている訳です。
表現としての死を望んでいるのか、と言われれば、そもそも死ぬとは思わないから望む理由もない、とお答えするしかないでしょう。この種のものは、社会がどれほどむきになって排除しても、絶対になくならないものです。誰かが必ず作るし、海外サーバーでも密輸でも、どんな手を使ってでも必ずどこかでは流通しますし、単純所持が禁止されても隠し持っている者は隠し持っているでしょう。秘かな期待もあります——単なるエロではなく(エロ物は、どんなにエロかろうとエロい限りは俗情と結託したサプリメント的なものです——そこを越えようと思ったら、表現としての余程の精度が必要になる——そしてそうなったら、もう純粋な意味での、サプリメント的なエロではない)、エロを破壊するようなエロ、エロを求めて来た者が直面した途端顔面蒼白になるようなエロ、エロいどころかディープな愛好家でさえどん引きするような、気分が悪くなるような、或いはあまりのことに笑いが止まらなくなるような、当分手を出す気さえしなくなるようなエロ、エロの記号性が吹っ飛ぶくらいの、故に全然抜けない、剥き出しの表現自体がごろごろ転がっていること以外何も目に入らなくなるようなエロが、いつかは生まれてくるのではないか、と。ただしそれでは商業的には難しいでしょう。故に私は、ジャンルが何であれ、商業にはあまり期待はしていないのです。
主人公が最後滅多突きにされて死ぬんだけど駄目? では話にもなりません。そういうのは悠久の昔から検閲潜りに多用されて、今や紋切型となったエンディングです。それをどう料理するか、が問題でしょう。それはもうやってる奴がどん引きするような——(以下略)
