« 2009.3.27 | Accueil | 2009.3.29 »

28/03/2009

『情愛と友情』とかいう謎のタイトルのDVDをついうっかり見てしまったので、ここで声を限りに警戒警報を叫ぼうと思う。

屑だ。見るな。

何と言おうかまあ『ブライズヘッド』の再映像化なのだが、原作をくすりとも笑わず義務鑑賞した奴が、理解できる範囲でわかりやすく映画化、というどうしようもない代物である。最近の若人と言おうかゼロ年代の想像力向けに、登場人物が何故そういう奴なのかは子供時代の教育に遡って延々本人の口から語られ(エマ・トンプソン演じるマーチメイン侯爵夫人が施したとってもカトリックな「悪いことすると地獄に行きますよ」教育の結果、子供たちは全員性格が歪んだ、ということになる)、で今どういうことになっていてどんな気持ちなのかも全部べらべら喋ってくれる。セバスチャンは一目瞭然、自分にも他人にも隠す気配もなくゲイで、それを受け入れない社会や宗教は間違っており(そりゃまあそうなんだが——おい、そんな単純な話じゃなかろう)、しかも彼らは因習渦巻くブライズヘッドの屋敷から逃れようと努力しながらも引きずり戻される運命にあって(いやあ、だからそんな単純な話じゃないんだよ)、チャールズ・ライダーはその呪いにも気が付かず能天気な階級上昇を夢見てご一家に近付く(まあ原作でもマーチメイン侯爵に、屋敷と称号はお前とジュリアの子供に継がせる、と言われた時には舞い上がる訳だが——そういう中産階級の情けなさを自分で嗤う、という屈折はここにはない)。イロニーもニュアンスもなく図式的に解りやすい上に、それを登場人物が一々解説してくれるとあっては、お若い方々にはさぞや解りやすく、感情移入しやすく、世界に入り込みやすい映画ではあろう。

だが、誰が許そうと私は許さん。イヴリン・ウォーってのは、そもそもそういう人向けにはできてないんだよ。『一握の灰』の最初のところもそうやって読むのか? 理解不能だろ? 大体、一箇所も笑えない『ブライズヘッド』ってありなのか?

特に残念だったのは、マイケル・ガンボン演じる侯爵が我侭の限りを尽くしながら大往生、しぶしぶそれに付き合うチャールズ、という愉快な光景を見損ねたことだ。ガンボン自身もさぞや無念だろう。

それから、ジュリアがチャールズを捨てたのはそういうわかりやすい理由からじゃなかったと思うよ。

|

« 2009.3.27 | Accueil | 2009.3.29 »

TrackBack


Voici les sites qui parlent de: 2008.3.28:

« 2009.3.27 | Accueil | 2009.3.29 »