どうも期待されているような気がするので一言。
福田康夫にはひとつ、大いなる美点があった。個人的に非常に好ましいというだけではなく(いや、昨日の記者会見にも、ひとつならず、にそにそするようなところがあったよ——女記者が質問すると答え方が何故か親切丁寧、とか、馬鹿には飽くなく冷たい、とか)、その点において私は高く買っていた。それは何かと言えば
所謂「ヴィジョン」とか「リーダーシップ」とかを振り回さないところだ。
いや、国民の相当数にとって、この「ヴィジョン」とか「リーダーシップ」とかが最重要らしいことは理解している。オピニオン・リーダー系の人々が福田に関して批判することの第一にそれが来ることも理解している。ところで、理性的に考えて、「ヴィジョン」やら「リーダーシップ」やらが今日び何かの役に立つだろうか? このどっちに流れるか判らないご時世、「ヴィジョン」や「リーダーシップ」を高々と掲げても、舵取りを誤るだけではなかろうか。必要なのは粛々と手元の仕事をこなして、国家にその日その日を乗り切らせて行く政治家ではなかろうか。
なるほど「ヴィジョン」や「リーダーシップ」を掲げた政治家は格好よく見える。何だか国家を善導してくれそうに思える。少なくとも何かが変わるような期待が持てる。ところで彼らに何かヴィジョンが見えているのか、リーダーシップを発揮して進むべき方向を示せるのか、そもそもそういう突破口が、今、この瞬間、本当にあるのか。「ヴィジョン」や「リーダーシップ」はデマゴーグでもなければ無責任すぎて振り回せないのが、今、なのではないか。
正直なところ、「ヴィジョン」やら「リーダーシップ」やらを求める大合唱を聞くと、お前らそんなに "mein Führer" が欲しいのか、という気になる。ポスト福田が誰であろうと、彼(ないし彼ら)が「ヴィジョン」やら「リーダーシップ」やらを競って振り回し始めるとしたら、これはもう、うんざりを通り越してぞっとするような事態と言う他ない。
あのぶら下がり会見が見られなくなるのが残念、というだけではなく、ほんと、心の底から、やめて欲しくありませんでした。願わくは後を継ぐのが国を滅ぼす類のデマゴーグではありませんように。
