コッポラの『胡蝶の夢』を見に行く。
原作はエリアーデの『若さなき若さ』。ご存知の通り私はエリアーデが嫌いだが、その糞のような小説(男子中学生の妄想みたいな内容を世にも下手糞なデッサンで描いた後で指で擦ってぼかせば二重丸とは、幻想小説ってのはおめでたいもんだね、とつい言いたくなるのだが、それでも専門の宗教方面よりはましだ——ほとんどオウム真理教、と書いて、編集者に幾ら何でもと止められたことがあるが、この認識が誤りだったとは今でも思っていない)も、映像にとっては絶好の口実たりうる訳だ。
映し出されるもの全てが異様なまでに明瞭な輪郭を与えられている(であればこそ、上下を逆にしただけの映像が信じられないくらいに美しい)。ただし何かがずれていて、そのずれが妙な非現実感を作り出す。強いて言うなら、重さだ。いかにも軽そうな物が手に取ると意外なくらい重い——その衝撃と言おうか困惑と言おうかに似たものが、見ているこちらの認知と識別をぐらつかせるのだ。輪郭の冷たい明瞭さを作り出しているのが撮り方だとするならば、重さを作り出しているのは映像に捉えられた「物」だ。ルーマニア・ロケが、単に辺境に取り残された骨董品的風景を古きヨーロッパに見立てたと言う以上の(そういう映画なら「壁」の崩壊直後のチェコ・ロケとかで結構撮られている)異様な効果を上げている。明るいのに暗い。或いはフラットな明るさの中に暗さが沈んでいる。さらにまた人物が異様である。誰も彼もが妙な英語を話す。それも、あまりに自然に。顔付きも、所作も、何かが違っている。ほぼ一貫して現地キャストで撮ることの効果がこれほど生きたケースはあまりあるまい。
ティム・ロスも素晴らしい。まあいつものティム・ロスと言ってしまえばそれまでだが、表情のひとつひとつ、煙草の煙を吐く口元のどアップ(いや、これがまたティム・ロスでしかないんだが)にまでつい見入ってしまう。いい役者だね。途中で七変化まで見せてくれるし。『グッド・シェパード』と変なところで接続されているのも楽しい。
一口で言うなら、満足度の極めて高い映画だった。尤も、これもまたある種の『ポニョ』だ、と言うことは可能かもしれない。映像の造形的野心は最終的には物語を置き去りにして突っ走ることになるのであろう。コッポラの方が大分幸せそうではあるとしても。
DVDが出たら『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』『ドラキュラ』(こっちは重い筈の物がキッチュに軽い)とこれで三本立てしようと思う。
