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28/11/2007

例の自衛隊の'1812'以来、妙な方向に目覚めて、ちょっと困ったことになっている。

そもそもの始めは、家に帰って来て、手持ちの'1812'を掛けたことであった——それはもう、CD棚掘ったら、なんでこんなにいっぱい'1812'持ってるんだ、というくらい出て来たのだが、しょぼい。大砲の音がしょぼい。まあ、富士の裾野の総合火力演習みたいな音とは言わないが、もう少しどすんとした音が出ないのか、というくらいしょぼい。そこでHMVで大砲の音が凄そうなやつを幾つかぽちった。シンシナティのオケがやってるやつは、遠い昔、図書館で借りて来て(針が飛びますのでご注意、と書いてあった筈だ)、前の住人が置いて行った古いふるいステレオで掛けてがっかり、という奴だが、あちこちの批評を読むと「スピーカーが壊れた」「窓が割れるかと思った」等々と言われており、大いに期待したにも拘らず——一番しょぼい。これがしょぼく聞こえるのは再生機器の方の責任であろう、と考えたのが運の尽きである。

ちなみにうちの再生環境はiTunesをairmacに無線接続して(寝たり起きたり転がったりしてPCを使うので有線接続はできない)、Denonの十数年前のアンプに繋ぎ、Celestion3に接続、という、至っていい加減な代物である(近所にあったスピーカーだのアンプだの何だのをごろごろ置いているちょっと倉庫みたいなショップで見繕って貰った組み合わせだ)。一緒に買ったCDプレイヤーが壊れたので手持ちのポータブルを接続し、その後は激安DVDプレイヤーを代用し、それも動かなくなってからは(しかしCDプレイヤーというのは、何故ああも脆いのかね。ほとんど消耗品だ)、何となくずっとそういうことになっているというか、興味なかったのね、音自体には。何がどう鳴っているか判ればいい、というだけで。どうせ生音とは勝負できないんだからさ、と考えてもいた。とはいえ、'1812'というのは、そもそも生音が無理な作品だ。いい鐘のある教会が適切な距離にあり、大砲をぶっ放せる空間も更に適切な距離にあり(生の迫力ならそりゃ儀仗部隊に脇で撃ってもらうのがいいけど、個人的な感触から言うとね、洋上で駆逐艦の主砲撃ってもらうのが、歴史的に正確かどうかは別として、音としては一番いい感じだと思うよ)、かつ途轍もなく音響のいい野外音楽堂でやったって、何かなあ、という感じに仕上がるであろう。これはもう録音再生機器向けにに作り込むより他なく、こちらも録音再生機器で応えざるを得ない。もしかすると映画館で聞くのが一番いいんじゃないか?

しかしwebであちこち漁って見ると、何と言おうか、オーディオの世界というのは御予算無限大の世界なのであった。こんなベンツ買えそうな御予算があったら、ひとシーズンウィーンに行ってシュタッツオパー三昧した方がいいじゃん。でなきゃバイオリンをグレードアップするか。という訳で、自ずと方向はB級グルメ化して行く。しかし、幾ら安いからって、ライブハウスで使うような、箱に変なモケット貼ってある不細工なスピーカーとか置くのは嫌だから(大体、一応渋谷まで行って現物確認したけど、あんなでかいもの仕事場に置いて音鳴らしたら仕事ができません)、取りあえずアンプとスピーカーは現状のままで、itunesでも充分いい音が出せるセッティングを探し(と言うか、itunesはいい音だよ、というサイトを見付けて無理矢理納得することにした)、そうか、圧縮なしか、ストリーミングバッファを増やすのか、itune側の音量調節は殺すんだな、とか言ってごちょごちょ弄っている間はまだ良かった。恥ずかしい話だが、それで漸く、何故スピーカーは二つあるのか理解できた(学生時代は、ひとつよりは二つの方がでかい音が出るからだろ、くらいにしか考えていなかったので、スピーカーは時々、左右や+-が逆に繋いであったり、片方が外れていたりし、でも別に困りはしなかった。今の機器を導入してからはさすがに左右や+-はちゃんと繋いでるけど、ちゃんと繋ぐことに意味があったとは!)。オケの各楽器が、前後も含めて、そこそこ正しい場所で鳴っているのには驚いた。再生機器の癖に生意気じゃん、お前。大体、前述の理由から、私はステレオがステレオに聞こえる場所に三分といた例がない。更に言うなら——オケとそんな具合に対峙する席で聞いたこともあんまりないし、それがひとしお面白かったり感動だったりしたということもない(個人的には、オーケストラボックスの真上の、舞台が見えない桟敷で聞いた音が一番すごかった——タイトル聞いただけで、けっ、だったベートーベンの『フィデリオ』に感動して心を入れ替えた——同じ場所で『ローエングリン』を聞いた時はまじ泣いた)。で、さて、最終段階はスピーカーケーブルである。某バイオリンショップのサイトで弦のことを「五千円でできるグレードアップ」と書いてあったのをみたことがあるが、ごく普通のケーブルを「正しい長さ」に調整するだけでOKというのは、本当ならそれより更に経済的である(お読みの方の中には、ど素人はすぐそういうところに引っ掛かる、と言う方もおられることだろう)。それも予行演習のつもりで、ひと巻き五百円の電話線ですからね。で、これを五メートルずつアンプとスピーカーに繋いで、ちょきちょき切って剥いちゃ聞き、というのを続けていた訳だ。

これは発見でした。ほんとに線の長さで音って違うのね。最初の方は聞けたものではなく(「電話線使えるって言ったの、誰だよ」と本気で怒った。世の中にはテーブルタップの線あるでしょ、あれを使っている人もいるようです)、四メートルを過ぎる当りで多少ましになり、二箇所くらい、全く普通すぎて面白くも何ともありません、という場所を通過し(たぶんあれが正しいと思うんだけど、欲を出して更に切った)、しゃりしゃりになったりまったりしすぎたりを繰り返しながら現在に至っている。計ってないけどたぶん三メートル少々。床は電話線の屑だらけ。ちなみに、基準は人の声とか言うから、『ヴィトゲンシュタインの甥』の朗読CDを掛けながらやってみたが違いがわからず、結局、クレメンス・クラウスの1950年の『こうもり』に変えた。何しろHifiに全然拘らず好ましいと思える録音ばっかり買って来たから、この辺のCDが矢鱈に多い。それを四メートル半くらいのところで掛けたら聞けたものではないのに大いに焦ったためである。で、弦はしゃりしゃりしすぎず木管も間抜けには聞こえず、それなりに低音もある、というくらいのところまでは何とか持ち込んで(声については、それはもう、実にいい案配だが)、再び'1812'を掛けてみた訳だが、いや、これはびっくり。

結局ドラティの1958年の録音の砲声が一番凄いってどういうことよ? 例の針が飛ぶ録音が相変らず駄目なのは何故? まあこれ、BoseのM3で、こりゃすごいことになりそうだとわくわくしていると(「パルジファル」なんか掛けると、ちょっとしたバイロイト効果が出るもんで)土壇場でいきなり再生機器が日和る、という怪現象を引き起す。文字通りほんとに「えっ、これ鳴らすんですか、本気ですか、無理ですよ、やめときましょうよ、音量落としますよ、ね、ね」という具合に日和るのだ。この憶病者めが! 貴様のような奴は銃殺だ! ちなみに私、ラウドネスは使っておりません。というか、アンプにラウドネスってスイッチがあることさえ今まで気が付いていなかったよ。なくても充分重低音感あるんですけど——どのみち劇場並みは無理ですし、なまじ出たら近所から怒鳴り込まれます。

という訳で、ケーブルちょきちょきはちょっとお休みである。どの音源も生かす最適の長さがあるのかどうか疑わしくなってきた、というのが一つ(クナッパーツブッシュの'指輪'聞いた後でKulture Shock聞くためにケーブル変える、ってのは御免だよ)。あと、現在の長さを見るにつけ、ケーブルは短く、という古き良きルールは結局有効であって(まあ、うち程度の機器なら)、プラス四、五十センチの長さで切って五ミリ単位で微調整すれば充分なんではないかと言う気がしてきたからでもあります。まあ、電話線での演習の結果でして、専用のスピーカーケーブルを投入したらどうなるのかは不明ですが。

p.s. でもって何となくElacなるメーカーのスピーカーが欲しくなってきたのであった。似非家具調でないところが好ましいし、元ソナーメーカーというところが更に好ましい。330.3 JETなんかどことなくUボート的だ。しかも有楽町の量販店でCL310.2JETを見たら、妙に後に長い。中が筒状に抜けているらしい。それで音がどうなるのかは謎だが(大きさにしては低音出ます、と言われてはいる)何かこう、ロケットランチャーの筒みたいなの想像しませんか? 後からばふっと空気が抜けるとこ想像するとわくわくする。爆音で鳴らしたらほんとに窓割れたりしないかしら? 無理かしら?

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