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14/09/2007

見た目が立派なだけのへたれ野郎だと思っていたら案の定であった。やめないタイミングもへたれならやめるタイミングもへたれだ。イラク特措法が通んなかったら、と公言しちゃうのも甘ったれたへたれ話だし、それが二日ばかりで、やっぱ今やめる、になっちゃうのもへたれだ。重篤な病気だったら気の毒ということになると思うが、フィジカルな管理もメンタルな管理もできていないところがへたれだ。大体、ストレスで腹が痛いんでやめます、なんて首相やら大統領やらなぞ、見たことも聞いたこともないからこれまたやっぱりへたれているし(実際ね、結構みんなストレスでなってるかもしれないんだけど、黙って頑張るか、黙ってやめるかするもんでしょ)、政治家にはありがちないい訳に過ぎません、としたら、あまりにも情けない病名なのでこれまたへたれである。

しかもこれらは、お友達だから切れないんだよ、のへたれとか、それで農相が一年で何人も泥まみれになっちゃうへたれとか(しかも死亡一名、絆創膏一名)、苦しくなってくると拉致問題を出してくるへたれとか、他人が取った議席の多さに任せて調整を一切しようとしないへたれとか、怒りの住民税収めた直後に選挙してやっぱ負けるへたれとか、これはもうそもそもうんざりな『美しい国』のへたれとか(私がタイトル見るなり「国なんて多少不細工でもさくさくうごけばいいんだよ」とか言うであろうことは、ここをご覧になられる諸氏諸嬢なら当然予想しておられるだろう)、それら諸々の、政治家としての根本的な機能のへたれっぷりは別にして、の話なのだ。

いやあ、実家でテレビ見ていたときのことを思い出す。年寄はみんな安倍が好きだった。拉致問題解決を強力に推し進めるポーズが好きだった(「人の生死に関る問題を煽りのネタに使うデマゴーグ」と笑ったら怒られた)。由緒正し気なところが好きだった(「坊ちゃんのくせにデマゴーグかよ」と笑ってまた怒られた)。一旦好きということになると、一目瞭然に嫌なところまで見えなくなるらしかった。たとえばあの弱々しいへらへらした声とか(あれは由緒正しい人たちの話し方だ、と言われたが、ほんとかね?)、テレビに出ても目線が泳ぎ続けて一瞬たりとも定まることのない胡散臭さとか(手洗に行きたいのか? それとも嘘吐いてるのか? それで目線が泳ぐ政治家なんて滅多にいないが、となると並外れて小心なのか?)、何よりあのちっちゃなちゃっちゃなおちょぼ口とかがそれだ(人相学は政治家に関しては非常によく当る)。がたいは立派だし鼻と眉毛も立派だから、黙って立っていればこれ以上のお飾り総理はいなかったんだろうが、一体何を勘違いしたのかね? 自分で何かできるとでも思ったのかね? それがまたへたれなんだよ。

まあ、この後何か悲惨なことが起ると後味が悪いからこのくらいにしておくけど、正直なところ、感想はただ一言だ。

二度と戻って来んなよ、このへたれが。

p.s. それにつけても総裁選に出るとか出ないとかいう連中の生臭い顔付きは、へたれ野郎の由緒正しい坊ちゃん面を見続けた後では非常に爽やかなのであった。こいつら、小泉ー安倍時代は何か脂抜けたみたいになってたけど、ほんと現金なのな。昨日のニュースの拾い物は、仏頂面下げた福田君が隠し切れなくなってふと見せる嬉しそうな唇の緩みだったが、ところで福田君にしてからがこれだとすると、みんなガードが低くなってるってことなんだろうね。こんなの昔は考えられないことだった。

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