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06/02/2006

ムハンマドのカリカチュア事件についてである。例のデンマーク製の、手榴弾型ターバンをかぶったムハンマドを「私はムハンマドを描いてはいけない」という文字で描き出したカリカチュアがイスラム教徒の憤激を呼び、一方、言論の自由を守れとばかりにヨーロッパ各紙が転載したり支持の記事を載せたりしている、という、あれだ。

描いた奴の低能と無神経は呆れるばかりだ。まず第一に、ムハンマドはテロリストでは全然なく、イスラム教徒の99%もテロリストではない。ムスリム=テロリストの紋切型は、その点に関して相当な愚鈍さを発揮し続けたアメリカ映画でさえ最近は抑え気味なのに、まだそんなことをやって、しかも面白いと思っているのか、こそ大いに批判されてしかるべきだろう。第二に、やるにことかいて何だその「私はムハンマドを描いてはいけない」は。あんたには関係のない話だろう? そんなにムハンマドを描きたいのか? 描かなきゃならない理由でもあるのか?  切実な理由があって描いた人にファットワが下されたので抗議、というのでもなければ(念のためお断りしておくが、「悪魔の詩」については私は断固ラシュディ支持である。ラシュディがまた西側文化人の尻馬に乗って下らないことを言い出さないといいのだが)、こんなカリカチュアはまるで意味を為さない。

だから本来、馬鹿が下らん代物を描いてイスラム教徒大憤激、で済む話だったのだ。

話がややこしくなったのはヨーロッパの軽薄なジャーナリズムが言論の自由を持ち出したからである。事件の構図がキリスト教徒対イスラム教徒ではないことは、これまた間抜けな本邦言論人がそういうことを言い出しそうな感じなので、はっきりお断りしておく。フランスの新聞を見た限りでは、リヨンの大司教とユダヤ教団体のトップはムスリム寄りの立場を表明している(ちなみに、ムスリムの女学生が学校にスカーフをしていくことが問題視された時も、カトリックとユダヤ教は同情的であった——結局、禁止の方向で法制化されてしまったが)。対立の基本は何らかの信仰を持つ者対無神論者である。よく、海外で無神論者を名乗ってはいけないとまことしやかに主張する人がいるが、少なくともヨーロッパでは、もちろん信心に凝り固まった田舎の婆さんや超カトリックな子沢山のご家族相手に無神論者だとは名乗らない方がいいが、ある程度の教育を受けた人間相手なら無神論者と名乗るに越したことはない(でないと、これまた話がややこしくなる——あなた、馬鹿と軽薄が服を着て歩いているような学生相手に、何故自分がカトリックなのか説明したいか? 私は御免だ。というより、疲れた。無神論者は何故揃いもそろってああも折伏好きなのか)。兎も角、自称知識人は特に断りでもない限り無神論者だと思っていい。そうした連中が、特定宗教のみならずあらゆる宗教を笑いものにする自由を要求して、事態を悪化させているのである(ちなみに、分別があるというか何というか、フィガロはキャンペーンに加わっていないらしい)。もちろん、法的に言って、笑いものにする権利はあるし、そうした権利が抑圧された場合には死ぬまで戦わなければならない。だが、他人の信仰心を尊重する程度の節度は、この民族宗教ぐちゃまらの御時世には是非とも必要ではないか。ムハンマドを絵に描かない人々がいるなら、なるほどそういう文化もあるんだねと尊重してあげることが、多文化混交の現状にあっては必要だろう。何と言っても、この間のフランスの騒動でもお判りの通り、ムスリムはヨーロッパではそこで生まれ育ち、生活するマイノリティなのだ。ムスリムの信仰も尊重してあげられないようでは、西側社会とムスリムの共存も共栄も不可能だ。

今回の件でひとつ、明らかになったことがある。無神論は多文化共存の原則たり得ない。他者の信仰を尊重するという姿勢が全くないからだ。中世のキリスト教徒並み、観光客を襲撃するテロリスト並みの野蛮さである。神を信じる人間の信仰の自由の為にも戦うという姿勢を見せない限り、無神論は特殊西側的な狂信に留まるだろう。

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イスラム関連を相変わらず追っているが、先ず見られるのが意見として「文明の衝突にしないでくれ」というもの。でもどう考えても価値観の相違からくる現象の一環ではあるわけで。つまりこれは単なる表現の自由と信教の自由の問題だけではなく背景にはイスラム移民を多く抱えるヨーロッパの戸惑いと、アメリカ的、あるいは欧米とひと括りにされるグローバリズムに対する、イスラム社会側の不信とがもともとベースに在ったがゆえに騒ぎが拡大しているという印象。畢竟やはり文明というか文化の衝突の構造であり、これはなにも大袈裟なことではな... [Lire la suite]

Notifié: 07/02/2006 22:56

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いろいろありすぎてむしろ何を選ぶのかネタに困るくらいだろうとは思うのだが、生扉もジョケーテンノー論もあんましキョーミが湧かないのだった。アネハやトーヨコインの件は、「キョーミ無し」とすると別の問題が発生するので(苦笑)まぁ無視はしていないのだった。でも[http://gustav.air-nifty.com/furuya/2006/02/post_46a9.html:title]の続きで読んだ[http://gustav.air-nifty.com/furuya/2006/02/post_a23c.... [Lire la suite]

Notifié: 09/02/2006 00:04

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