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2005.10.25

「爆音上映」に関する最終的な報告。検索してみると面白いと言われ、「爆音」「上映」で検索してみる。その結果、今までの主張に些かの修正を加えておこうと考える。

何というか、これ、試み自体としては面白いのね。ただもう音にもみくちゃにされるくらい音量を上げて、頭真っ白になった状態で呆然と画面に目を向けている、と。フィルムの<利用方法>としては面白いし、パフォーマンスとしても面白い。確かに「フルメタル・ジャケット」とかでやったらそれなりにいいだろう。耳が丈夫だったら「アンダーグラウンド」をリクエストしたいくらいだ。ただし、映画の音声トラックにライブ並み音量の再生の耐えるほど情報が入っていないのは事実なようだし(やっぱりね、とか言ったら嫌らしい?) 、その状態で映画として「見る」のは相当に困難なことでもあるらしい。まあ、音源も色々な利用法がある昨今、こういうのもありだろうということですね。著作権の問題さえクリアできるなら、映像や音をその場で加工していったりしても面白いんじゃないかしらん。専用の映画を撮ってみるとか。

という訳で引き続き問題は残る訳だ。つまり、猛烈にご機嫌な馬鹿パフォーマンスやります、ではなく「普通の映画館では、映画の重要な表現の一つである音がちゃんと聞こえてこない」とか「大音響に圧倒されるうちに、作者が各画面に仕掛けた一つひとつの音が際立ってきて、音の切れ目が明確に感じられるようになる。一般の映画館やホームシアターでは、これは絶対に体感できない」とか言って、特殊なフィルムの利用法を正当な唯一の観賞法であるかのごとく主張する阿部和重の体質が。どうも自分ではまるで気が付いていないようだが、この人、大変な権威主義的パーソナリティである。それが彼の映画評が全然面白くない理由だし(そこらの映画サークルのOB程度の知識しかない上、自分にはどう見えたかを語るのがよほど怖いらしく、おまけにそれをきちんと説明しようという努力もしない。結果、そこらのブログの、大学卒業以来何本映画を見ても見ていないのと一緒なおやじ愛好家的見解を薄っぺらな知識で正当化するだけで、いつまで経っても「ひっちこっくっ」とか「はりうっどっ」とかしか言えないのだ。「ロード・オヴ・ザ・リング」の時、イライジャ・ウッドの顔の問題に触れていて、一瞬だけ、この人の凄さが判るかも、と期待させたのだが、結局言っただけで素通り。たぶん、偉い人の言っていたネタを持ってきたんだから尊べ、ってことなんだろうね)、ただ「決めつけないでちょうだいっ、そんなんじゃ全然ないんだからっ」とヒステリーを起こすかわりに(実体はただのヒスだけど)「淀長さんならそうは言わなかった」とすがらずにはいられない理由だし、「おれたちのパフォーマンスにケチを付けるな」ではなく「多様性を守れ」になっちゃう訳だし、今回最大の問題(面白、と行ってもいいが)発言

「クラシック至上主義者=ナチ」

と平気で言っちゃう、そう、何と言うかね、無教養、だし、無神経、だし、愚鈍、だし、粗野、だし、その無教養と無神経と愚劣と粗野をひっくるめて呼ぶなら、あまりにも「オメー」だ、とでも言いますか(判らない人、フローベールくらい読もう)。うん、これは冴えた問題提起だな。

阿部和重はオメーである。

何しろオメーだから、「古典」は尊べばいいと思っており(つまり阿部和重の映画評ってのは、常に常に、別のフローベールですけど「アキレウス:俊足の、と付ければホメロスを読んでいると思って貰える」な訳ですよ)、格闘してねじ伏せようという気概がなければどうにもならない、なぞとは想像したこともない。なものだから、見てご覧なさい、あのラングの「スピオーネ」の、単に有難がり、ただどう有難がっていいのか判らなくてご自慢の「はりうっどっ」を炸裂させ(最近のお笑い芸人の一発芸みたいなもんだね)、結局、一番重要なことには触れずじまい。いやそれ、どういうフィルムだったの? 復元版? で、どうだったの? 作家阿部和重は、ラングをどう見るの?

もちろん、オメーにそんなことを期待する奴が一番馬鹿、ではある訳ですが。

ナチに関しては、この人、いっぺん徹底した教育を受けてくるべきだと思う。二十世紀を通過してきた人間、それも一応の知識人(オメーだけど)として、ナチズムの問題を素通りしてきたのがあまりにも見え見えで、いっそ哀れなくらいだ。私生活で使うのは勝手だけどさ、活字になる場所でこうも簡単に「ナチ」ってのは、馬鹿丸出しだよ。

中原昌也氏に関しては、すっかり阿部和重の腰巾着、という印象しか、この対談からは受けないので、放っておいてあげることにしよう。と言うか、取り上げるほどの問題がない。ただし、この腰巾着性がこの人をひどく駄目にしている、という気がして仕方がない。パンクだったんでしょ? だったらラング問題はもっと突っ込まなきゃ駄目じゃない。見倒してぼろぼろにしておれのものにしてやる、くらいの志は欲しいよね(悪いけど、クラシック至上主義者は大抵やっている——パンクは違うのか? 有難いアーティストの有難い作品を有難がるだけか? 有難い作品を有難がる私、って自己権威化の道具に使うだけか?)。ただまあ、某賞の受賞パーティに駆け込むなり、まだスピーチが続いているのに、サンドイッチを一山取ってべろんごっくん、続いては寿司(それもトロだけ攫ってたね)を皿にとって直に大量の醤油を掛け、その皿に直に口を付けてすすり込む、という、猛烈な反逆魂に溢れたパフォーマンスを見せてくれた人が、余裕だの優雅だのを語り出すのを聞くのは結構悲しいことだ。君、まさか、オメー和重に叱られて、寿司というのはこう裏返して、ネタの方にちょっとだけ醤油を付けて食べるものです、ほら、皿も綺麗だし、第一ずっと美味しいだろう、とかいう人に成り下がったんじゃないだろうね?  それとも君の言う優雅というのは、皿ではなく偉そうなおじさんの革靴の上にトロを載せ、醤油を直掛けし、這いつくばってすすり込むというところまで進化したのか? それなら大したものだが、私には期待しないでいただきたい。クラシックは蹴倒して楽しみ、寿司はスピーチが終った後で美味しくいただく。そういう意味で、私は猛烈に下品な人間だし、同時に君らが言うところの<ナチ>(いや、たぶんね、俗物って言えばそれで済んだんだよ)でもある。逆よりましだろ?

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きのうは知識人みたいな主張したかったみたい。
ただし面白まで切れ目反逆しなかった?


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「Josephine」が書きました。

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2005.10.24

週に二回、サンドバックとミットをみっちり殴っていたジムに泥棒が入る。現場検証のため本日は休みだ。仕方がないのでマシンのジムの方に行き、先週組んでもらったきっついメニューを試みる。が。

いや、全然平気ですわ。みっちり柔軟体操やったようなもの。筋肉痛にもならない。何か人生間違えた気がしてきた。何しろ倒した方の手で倒れた瓶を取って一滴も零れない人でしたし。高校の時にこれに気が付いていれば、今頃は楽隠居だったかもしれん。

ところで最初の方のジムだが、一体何を盗んで行ったんだろう? サンドバック? ミット? 盗むようなものは何もない気がするんだが。

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2005.10.23

最近、タンゴや広い微妙をシャルしたかった
最近、おおありくいは、最近ではそういうものがあると、オープニングや、タンゴがもくもくしていたのだが、好感とかをアップである
、タンゴや広い微妙をシャルしたかった
大きい映画と、オープニングや、タンゴがギアとか、広い好みとかを発注してみると、オープニングや、広いオープニングをアップしていていて
いちだんと好みかもしれないということが判明する
いちだんと好みかもしれないというのでGotanProject"とCarlosLibedinsky"Narcotango"をシャルしなかった?
とか書いてみるの♪


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「Josephine」が書きました。

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最近、Josephineたちが、ネットでリチャードや好感と思っていて
Josephineは、ネットで大きい糞リをLibedinskyしなかったのだが、微妙とかをジャッカルしないの?
タンゴとかを見る
映画はまあ別にいいのだが、好感をかっこしなかったよ
だって♪


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「Josephine」が書きました。

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「シャル・ウィ・ダンス」を見る。映画はまあ別にいいのだが(リチャード・ギアは踊れる爺さんになってから微妙に好感度アップである)、タンゴがもくもくしていて何か変なので調べてみると、最近ではそういうものがあるということが判明する。いちだんと好みかもしれないというのでGotan Project "Revancha Del Tango" とCarlos Libedinsky "Narcotango" を発注してみる。

ちなみに「ジャッカルの日」の糞リメイク「ジャッカル」はオープニングだけがかっこええ、と思っていたのだが、どうもMassive Attackだったみたいね。

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2005.10.21

リハビリがてらWの方から逆順にCDをディスクに落としてみる。何で逆順かと言えば、ワーグナーの前にワイルが来るからですね。で「銀の湖」を通して聞いてみる。拾い聞きで、富籤の胴元の歌、とか、好ましいナンバーが多いのは知っていたが、通して聞いても傑作であった。一度でいいから上演を見聞きしてみたいものである。尤もこの辺は、クラシックの歌手を使ってもポップスの歌手を使っても気の毒な感じになるのでキャストは難しい。

ちなみに、ワイルの録音の個人的ベストは故ラウル・ジュリアがメッキースをやった舞台(ま、英語版ですけど、それはそれとして)の録音である。いやね、好きなんですよ、ラウル・ジュリア。ジャケットの写真も猛烈に奇怪で(爬虫類みたいなメッキースだったそうな)、タイムマシン使ってでも見に行きたくなる。映画の方は屑だったが、これはラウル・ジュリアのせいじゃありません。

そのままワーグナーに突入するが、しかし「マイスタージンガー」の第三幕って二時間もあったのな。意識したことなかったよ。「パルジファル」が五種類も出てきたのには我ながら呆れたが、もちろんマニアはもっと持っていることであろう。クナッパーツブッシュの62年のバイロイトを聞くのは結構久しぶりかもしれない。こういうこと言っちゃいけないんだろうけど、何となく潤います。

p.s. いやそのクナッパーツブッシュのバイロイトの「パルジファル」だが、60年のもあったのを忘れていた。ところで私がかつて見た一番恐ろしいマニア(たち)は、前奏曲のイントロ当てクイズだけで、何年の録音、まで当てるのであった。プロじゃありません。普通に仕事持ってるおじさんたちです。くわばらくわばら。

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2005.10.20

久しぶりにボクシングではない方のジムにも行く。週三回の運動で筋肉痛である。更に筋肉痛になろうと思い立ち、ばりばりに負荷の高いマシンのメニューを組んでもらう。インストラクターいわく「週三回もボクササイズやってこれって大丈夫ですか」。大丈夫だいじょうぶ。春にはへらへら笑いながらできるようになってます。でもって痩せません。なんぼスポーツしても、現重量込みで飛んだりはねたりできるようになるだけです。

で、思わぬ効果に気付く。スタジオプログラムのBGMが、いつの間にか音楽に聞こえるようになっていたのである。というか、今までは拍子込みの雑音としか聞いていなかったのである。四十を過ぎてこれは進歩だ(というか、四十過ぎまで、人類にも自分にも進歩があろうなぞとは考えたことがなかった)。ただまあ、少々爆音すぎますね、私には。スピーカーからは離れているようにしますです、はい。

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十を過ぎは高いなぞをプログラムしなかったのである
四十過ぎは高いなぞをプログラムしなかったのである
というか、四十を過ぎてこれは進歩だ(というか、今までは拍子込みの雑音としか聞いて痩せません)
なんぼスポーツしても、現重量込みで飛んだりはねたりできるようになるだけです
でもって痩せません
なんぼスポーツしても、いつの間にか音楽に聞こえるようにしますです、はい
と、おおありくいが言ってたよ♪


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「Josephine」が書きました。

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2005.10.19

Salman Rushdie の "Shalimar the Clown" が面白くて仕事にならない。しかし、登場人物の一人がMax Ophuls ってのは、何か関係があるのかね。

ちなみに後にはJohn Banville の "The Sea" が控えている。今年のブッカーの受賞作だ。

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2005.10.18

個人的「音」ブームの続きである。夏に吹っ飛ばした30G近い音楽ファイルを全部入れ直すついでに、 AAC256kbpsにしてみた、という話は既出かもしれない。無駄にファイルを大きくしているだけという感もあるが、今使っているiPodに持っているCD全部はとても収まらないことがはっきりした以上、ファイルの大きさに拘るのは無駄である。動画も見られるのは素敵だけど(pixerを大分落とした)、80Gってのは出ないんだろうか。で、Hossam Ramzy "Sabla Tolo" で効果を確認する。ダラブッカの音がかりっと乾いて歯切れが良くなった。ヴァイオリンソロもきんきんせずにしっとり響く。Sitokovetskyってこんな古楽みたいな鳴らし方してたっけ? (例の十五年もののステレオにairtuneで音を飛ばして、ですが)。 iPodでももちろんいい感じ。耳の奥まで突っ込んでついでに耳栓がわりにもなるステレオイアフォンを使っているが(普段は危険なのでプラスチックのパーツだが、ウレタンフォームのパーツを付けるとノイズキャンセリングのヘッドフォンより遮音性がいい。大体ノイズキャンセラーって、飛行機に乗る時は必携な訳ですが、そのうち頭痛がしてきませんか。まあ、蛍光灯で頭痛の起る人の話ですけど)、電車に乗っている時でも、以前より音量を下げられる。結局、音質の問題ですな。

ついでにオペラの入れ方を全面的に変えてみる。一幕一ファイルである。作業終了まで何ヶ月掛かるか不明だが、完了すると、切れ目でぽつぽつ言うのを気にせずに済むばかりか、何もかもぐしゃまらにシャッフルして聞くという行為が可能になるのだ。どのくらい音楽の聞き方が変るか試してみようと思っても、あなた、ヴォータンがちょっと唸ったと思ったらマントヴァ公爵が不死身の躁状態を披露して次はイゾルデが恨み言を半分だけ、ってのはいやだからさ。こういう機能が基本クラシックのリスナー向けに出来ていないのは知ってるけど、幕単位なら、民族音楽や最近大人買いしたポップスなんかと混ぜても苛付かずにいけるだろうと思った訳だ。乞うご期待。

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2005.10.17

薦めて下さる方がいたのでAFX "Hangable Auto Bulb"と "Drukqs"を聞いてみる。

前者はパフォーマンスアートとかファッションショーのBGMによくあったよな、という感じ。「まぁっっしゅぽていとぉー」は宴会芸になると思う。 "Drukqs"は変な音満載で、普通に面白い。ただ、爆音で聞く必要は全然感じないが。あと、遺跡とか歴史的建造物ないしそのそばで爆音演奏は文化財保護の観点からいただけません。ジュデッカ運河に舞台を浮かべてピンクフロイドに演奏させたらパラッツォ・ドゥッカーレの天井画の一部が剥落したという事例があるのだ——とか言うとまたナチ呼ばわりか。

しっかしねえ。ストゥッコが割れて落ちる爆音って信じられないんだけど。

で、結局Tricky "Maxinquaye" と "Nearly God"を聞いて和む。大人買いはこれだからやめられません。

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2005.10.16

寝坊して正午過ぎに朝食を取り、仕方がないので昼食代わりにおやつを食べに行く。モンブランが何とケーキバーみたいなことをしている。
  
それにしても今期のモンブランは快調である。ハーブの利かせ方が面白いオレンジのタルトや(オレンジの剥き身が乗っているだけだというので舐めてはいけない)、極上チョコの「トンカ」もいいが、今日食べた「ベリーベリーのタルト」の傑作ぶりは、近年ちょっとないくらいである(「更埴あんず」以来かねえ)。まあ、見た目はなんだか要するにベリーのタルト、なのだが、台の、ピスタチオとアーモンドの香りとそこはかとないリキュールの効かせ方が絶品。リキュールってのはこういう風に使うもんです——気を散らして食べていたら気が付かずじまいだが、でも何か旨かったね、何だったんだろう、みたいな。

残る新作はお米のタルトと和三盆のタルトだ。前者の味は漠然と想像が付くが、後者に関しては、そこまで単純なものをどうやって食べさせる、という興味がある。一時期の、どうせうちは保守反動です、くすん、みたいな低調ぶりが信じられない。

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2005.10.12

でさて、大音響でシャウトする自由の闘士の話だ。

学生だった頃、同級生の女の子のところに遊びに行った。というか、頼まれて夜、泊った。下の部屋のおっさんにクレームを付けたいがおっかないので付いて来てくれ、というのだった。お泊まりしなければならない理由は、階下のおっさんの迷惑活動が夜半過ぎに始まるからだった。当時はまだビデオがなかったので、適当に酒を飲んで、喋って、眠くなって炬燵でうとうとしたら、階下からいきなり異様な振動が始まった。音というより、ただもう振動でしたね。夜中の三時だった。

仕方がないので起き出して、二人して階段降りて、真下の部屋の前まで行った。下の廊下は振動ではなく、何かじゃかじゃか言う音で溢れていた。真下の住民は換気扇がんがん回して(理由は不明)、馬鹿でかい音で何か掛けていた。呼び鈴が壊れていたので、ドアをどんどん叩くと四十絡みの小太りおやじが出てきた。彼女が、あの、音楽なんですけど、と言うとにこにこして、よく聞こえるでしょ、天井近くにスピーカー据えたからね、と答えた。

 うるさくて眠れないんです。やめて下さい。
 男はひどくびっくりした顔をした。それから、だってこれ、ローリングストーンズですよ、と言った。

兎も角、その晩はそれで静かになってくれた。友人がマジギレしかねないのが判ったからであろう。ところで、何日か後の昼間、男は友人の家に、カセットテープを持って現れた。何なんですか、と訊くと、是非聞いてもらいたい、というのだった。いりません、と答えたが、男はしつこかった。聞けば解る、というのであった。そうすれば二度と一方的な正義の押し付け(クレームのことらしい)なぞしようと思わなくなるのだそうだ。暫く押し問答した揚句、夜中に大音響でロックを聞くのはやめてくれ、せめてスピーカーは天井から放して、音量を下げてくれと言った。

どうして? 
うるさいって言ってるでしょう。
解ってないな。あれ以上音量を下げたら意味がないんだ。このテープを聞いて勉強しなさい。


で、彼女は翌日、私に聞きにきたのである。

あのさ、スターリニストって、何。

どこから出てきたそんな死語、というので聞いたのがこの後日談だ。彼女はその不気味なテープ(「宗教のテープかな」「音楽でしょ」「音楽でそこまでする?」)を拒み通し、そんなの知ったことじゃありません、兎も角、夜中にでかい音立てないで下さい、と繰り返した。すると男は彼女を、スターリニスト、と罵倒したのである。

いやあ、学生運動の人だったんじゃないの。

彼女は引っ越した。親には変質者が階下にいると言ったそうである。まあ変質者というほどのことはないが、ローリングストーンズなら夜中に階上の部屋まで轟かせても住人が喜ぶだろうと思っているのは、かなり変っている。揚句にあなた、スターリニストだもの。主観的には自由の闘士なんだよね。偉いえらい。偉いから人にまで、大音響で聞くのが正しい、でないと理解できないんだから君も大音響で聞きなさい、とか説教すんなよ。解ったか?

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昼間、男は彼女を、スターリニスト、と罵倒したので聞いたのである
だって♪


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「Josephine」が書きました。

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2005.10.11

寝酒を引っ掛けながら「文学界」を読んでいて、例の阿部和重・中原昌也対談に行き当たり、毎度のことながら、二十年くらい前に「リュミエール」の愛読者たちが唾飛ばしながらやっていたような話のいつ果てるともない再演を堪能する。この人たちの時代錯誤な鈍感さはいつ読んでも懐かしい。たぶん、あれから映画に(自分たちにも)何が起こったのかはまるでご存知ないのであろう。おまけに今回は最終ページで大サービスがある。

あらま、佐藤亜紀のブログだって。ちゃんと読めば公の場で恥晒さずに済んだのに、三行読んでぶち切れちゃったのね。靖国と書けば飛び出してくるバカウヨの人みたい。

しかし今時、クラシック=ナチってのは、そこらのブログでも滅多にお目に掛からない寒い認識ですこと。まあ、クラシックを前にするとびびって大人しくなる奴ほど「クラシック至上主義者!」とか罵倒したがるからね。自分の影に吠え掛かってるだけだよ。今回のラングだって、有り難いものを拝見させていただきました、だしね。ラング見てそれか? あんた本当に映画好きなのか? 「スピオーネ」や「メトロポリス」が、<ハリウッド時代のラング>(ここで、笑、と書いても、八十年代に青春を送った人しか判ってくれないだろう——往年のハリウッド映画について自慢そうに小理屈捏ねるのは、あの頃はとっても気の利いた、お洒落なことだった。ヒチコックはその小恥ずかしいバリエーションだ)の肥し扱いなのもお約束通り。表現主義とか何とか言う分かりやすい枠組みがないのでシュトローハイムの正体が掴めない、というのも情けない。凄いと言われているから凄い、ということを確認する為に見てるんだろうな。おばはんがケチ付けたらしい=女だろ、要するに主観で決めつけてるだけだろ=おすぎ、という親父回路発動のメカニズムも見え見えだが、こうも従順に調教されてたんじゃ、自分でチェックも出来ないんだろう。ちゃんと読んでから大音響上映の意義を熱く擁護すれば、そんな馬脚を現さずに済んだのに(正直、大音響じゃないと『地獄の黙示録』の何がどう聞き取れないのか、私は大いに興味がある)。それができないなら正直に、大音響でないと聞き取れない我々は既に多数派だ、文句あるか、と言えばいい。事実なんだから。突撃隊の癖して虐げられた少数派を気取るんじゃない。どこででも好きなように大音響で大会してろ。ただし、まともなことであるかのごとく主張しないように。私の言わんとすることはつまりそれだ。

それにしても今回は、一ブログ相手にごねて紙数を潰す低調ぶりでした。いっそそちらもブログに移行したら? 結局、蘊蓄四十親父のやってる駄目な映画感想ブログ以上のものじゃないんだし。プロってのは要するに拡声器が回ってきた人のこと、の証明ですね。

ちなみに、問題の日記は2005.9.2です。

追記:クラシック=ナチ/大音響=自由の闘士って構図のアナクロニスムは何度思い出しても笑える。ヴァイオリンの師匠のところへ行った帰りにハチ公前交差点を通過したんだが、いっぺんツタヤの前に十五分たたずんで見ろ。どっちが力付くでローラー掛ける多数派で、どっちが多様性を求める少数派か、それこそ耳が馬鹿になるほど判りそうなもんだ。

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2005.10.10

"Taxi" のサントラを三枚とも借りる。三枚目がCCCDというのに何となく腹を立てたからであるが、と言って、巷間言われるようにCCCDだとどう音質が落ちるか、までは、実のところ、解らない。

再生機器に関しては、学生時代に古楽研究者の先輩に教えられた通り、頑固にイコライザー・オフを貫いている。が、正直なところイコライザーが何をするものなのかよく解っていない。出ている音源を買ってきて掛けるだけだが、十五年も前の機械で、五十年も六十年も前の録音のCD版を聞いているだけでは、はっきり言って音質もへったくれもなかった。バッハの無伴奏バイオリンを十五種くらい立て続けに聞いた時には、なるほど、録音による差というのはあるものだと思ったが(無加工録音というのはほとんどないことも、この時、始めて知ったが、録音はライブの代用品という意識を強めるだけだった——それにしてもあんまりエコーを掛けるのはよろしくない)、まあ、そのくらい。更に顰蹙覚悟で言うなら、iTuneが発生した直後から再生は専らPC頼りで、別に大した不満も感じなかった。というか、録音は所詮代用品、シュタッツオパーのオーケストラボックス上桟敷で聞くような音を求めたって無駄、という意識だったし、実際、生に比べたらレコードもCDもmp3も駄目なのは一緒だよね、と信じていたのであった。

たぶん、クラシックに関して言うなら——それも、猛烈に手間暇掛けた、FMファンのグラビアに出て来るような家一軒立ちそうな代物ではなく、御家庭用の標準的再生機器で掛けることを前提にして言うなら、そう大きく間違ってはいないと思う(そしてもちろん、再生機器に家一軒分掛けるくらいなら、ウィーンに部屋買って毎晩お立ち見する方がいい)。ただし、どうも違う分野があったらしく、そして皆さん、どうもその違う分野を元にあれは駄目だのこれはいいだのと言っていたことに気が付くのであった。つまり、だ。

アンプに通すことを前提とし、場合によってはそこであり得ない音を発生させる音楽においては、差は歴然としている。

まず、呆然としたのは、うちの御家庭用標準再生機器が滅法いい音なことであった。スピーカーは店員に勧められて別買いして、でも大した意味はなかったなと思っていたのだが、いや、ほんと、これ、いいスピーカーじゃん。というか、こういう音楽を聞く為のスピーカーだったんだよね(たぶん、アンプもCDプレイヤーも)。となると、音質の差も歴然だ。CD直掛けとダウンロードしたAAC128kbpsを切り替えると呆然とするくらい違う。一瞬、いきなり耳が進化したか、と思ったくらいだったが、ためしにカレーラスが歌っているWolf-Ferrariの "Sly" で試したところ(こちらのAACは192kbps)、 いや、全然違わん。どっちでもいいよ。戦前のジャズの録音も、うん、一緒だと思う。

と言う訳で、こういう問題はないものとするか、クラシックの録音で差が歴然とするところまで再生装置をグレードアップするか、という岐路に思いっきり立たされてしまった訳だ。凄い機械がいりそうだな。スピーカーもとんでもない代物が必要になりそうだ。しかし五メーター四方、天井高二メーターのマンションの一室に、背丈くらいあるスピーカーを入れても、どうせ全力では鳴らせないから全くの無駄という気もするのである。

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2005.10.09

「スウィングガールズ」を見たらビッグバンド・ジャズが聞きたくなり、ベニー・グッドマンを落としてくる。四半世紀ぶりのジャズだ。結構熱くなる。

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夕方は、ブリストルのもくもくした人たちだな、結構
ところで
重い、こっちにはこういう話をする
夕方、近所の立派な書店(コミックにビニールを掛けていない)
煙いか?
そうか?
とか思ってるの。


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「Josephine」が書きました。

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2005.10.05

チョークを薬缶に入れたくらいでNHKのローカルニュースとは驚いた。放っておいてやればいいのに。

それにしても、最近のチョークって毒性高いのな。昔のは、煎じて飲んだくらいじゃ平気だったが。

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2005.10.04

という訳で、本日のダウンロードは
Portishead "Dummy"
Tricky "Maxinquaye"

発注は
Mirwais "Production"
Overseer "Wreckage"
Daddy G "DJ Kicks"
Smith & Mighty "Retrospective"
Klint "Klint"

であった。まさかこういう音楽を聞いて楽しめるとは思わなかったよ。

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2005.10.03

失業して以来、購入を自粛気味の山本耀司であるが、どうもこの二、三シーズン、漠然と冴えない。コレクションの写真を見ても、今一つわくわくする感じがないのである。何というか、「ぶんぶく」(註)っぽすぎない? ひょっとして娘入れた? デザイナーの世襲ってのはいただけないな。

註)その昔、今はもうばらしても構わないだろうから堂々と三菱レーヨンと書くが、兎も角そこの繊維マーケティング企画部にいた時、文化服装学院の男子二人が、一週間だか二週間だか、研修に来たことがある。無口に真面目に手伝いをして帰って行ったが、後で、会議室の壁のすみっこにちっちゃく名前を落書きして行ったのを発見した。で、その時はじめて、彼らが自分たちの学校を「ぶんぶく」と称することを知ったのであった。いや、もしかすると「ぶんふく」かもしれないが。元気でやってるかね? 十五年も前の話だけど、相変わらずお洒落?

ところがだ。現物見るとこれが魅惑的なんである。何と言おうか、地味なアイテムの完成度の高さよ。変なカットの着用時の美しさよ(着てると崩れてくるんで試着時ほど美しく見えないのが何だが、これは私の責任だ)。高いけどさ。靴だけは、普通の靴屋ではサイズがないので、買うしかない訳だが、八センチヒールなんか履けないよ、足腰弱ってて。大体、今の生活じゃ靴、いらないし。でも、美しい。

ひょっとして裁断している奴が滅法冴えてるのか。どうも選ぶアイテムに微妙な共通点があり(変なカットが完璧な論理に基づいて導き出されている)、他のアイテムにそれほどの魅力を感じないところを見ると、一貫して同一のパタンナーのものにだけ感動しているような気がする。そう、感動なのである。洋服に感動があるって凄いよ。

ところで洋服がらみで思い出した。この間、テレビで細木数子四時間スペシャルをやっていた訳だが、女子高生百人集めてトーク、のコーナーで、代表者四人が私服で登場した。何故か非常にまともだった。感動さえした。二人が「ぶんぶく」ないし「ぶんふく」なのはありがちなことだが(一人は制服着ているうちから、きっとそうだろうと予測できた)、よく頑張っていた。男受け、悪いだろうけど。他二人のうち一人は、猛烈に趣味はいいけど、マダムっぽすぎる。ブランド物は老けて見えるんだよね。で、大感動なのは、細木数子に叱られていた股出し臍出しの子だ。いや、股出し臍出しではあるんだけど、なんつー趣味のよさだ。頑張れ、そのまま突っ走れ、と思わず声援を送る大蟻食なのであった。

まあ、今の若い子は兎も角、着るのが巧いけどさ。世界で一番巧くなってないか、同年輩としては。


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2005.10.02

天気もいいし暑いし、今日はボバン・マルコビッチで盛り上がろうと思いつつ、またももくもくしてしまう大蟻食であった。前に遡れば遡るほど、えええええ、これってただの歌謡曲じゃん、感は強まる訳だが、何故か全然気にならない。兎も角、音が変だ。音が変というだけで、洋服屋で流しているようなポップスゥゥゥゥゥ、がずるずるのどろどろに溶けてしまうのは何故であろう。

どう変かと言いますとね、「ハートに火をつけて」のThe Endに比して『地獄の黙示録』のThe Endが変であるように変な訳です。違いって、そうねえ、扇風機の羽根の回る、ぶぉんぶぉんぶぉん、が入っているかどうかだけみたいな気がしますけど、もう、全然違う訳ですよ。考えてみると、あの映画もずるずるのどろどろだしね。要するに私はずるずるのどろどろが好きなのだ。

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きょうは、Josephineが俳句を詠んでみようと思うの

 「漫然と 作っています 漫然と」


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「Josephine」がchayukismを読んで書きました。

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2005.10.01

という訳で、引き続き Massive Attack の 'Protection' および 'Blue lines' を聞きつつ、あちこちのサイトを散策して語彙狩りをする。何しろ、感想を語ろうにも、こっちにはこういう話をする為の語彙がない。

ところで。

重い、というのは解る。暗い、というのも解る。しかし、煙い、というのは何なのであろう。「ブリストルのもくもくした人たち」(©タワーレコード)に至っては、猛烈に受けはしたが、意味は相変わらず解らない。煙いか? そうか? ものすごく面白い言い方ではあるけれど。もしかしてあの、さぶくて天気悪そう、のことなのか。

夕方、近所の立派な書店(コミックにビニールを掛けていない!)に行く。亭主がプレステ情報誌を欲しがったためである。レジに持って行こうとして、いきなり「おっ」とおっさん臭い声を出すと、店主が「出たばかりです」と重々しく説明する。小林源文の新刊があったのだ。

恥ずかしい人たちだな、結構。

ところで小林本は巻末にうさちゃんの戦車部隊話が入っており、お得である。

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