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遺言は書くな!

今日は遺言の書き方のレクチャーである。筆者は一昨年十一月、父を亡くしたが、その経験に基き、より遺族に負担を掛けず遺志を伝えるにはどうすればいいかを考察しようと言う訳だ。

まず第一。遺言には二種類ある。私的なものと、公的なものだ。

私的なものとは、葬式はこんな具合にして欲しいとか、誰を呼んで欲しいとか、家族仲良く、とか言った種類の、心情的に是非伝えておきたいが特に法的なものとする必要のない種類の事柄である。

では公的なものとは、と言えば当然、相続に関る事柄になってくる。

で、まずはこの二つをきちんと分けることをお勧めしたい。これは実際の経験からのお勧めだ。

家族の一人が死んだ時、まず何が起こるか、皆様想像なさったことがあるだろうか。大切な人を亡くした悲しみは勿論であろうが、もっと散文的なもの。葬式は当然だが、それを支える更に散文的なもの。即ち、銀行口座の凍結だ。都市圏ならこちらから届け出るまでの猶予があるかもしれないが、田舎では無理である。銀行は人の生き死にを何故かちゃんと把握していて、即座に凍結を掛けてくる(銀行とのお付き合い次第では猶予をくれるが、これは例外的なケースであって期待すべきではない)。

嘆き悲しんでいる暇はない。即座に誰かを銀行に派遣するなりインターネットを使うなりして引き出せるだけの金を引き出す必要がある。でないとおちおち葬式も出していられない。少なくともうちの田舎では、葬儀の費用は一週間以内に、それも現金で精算のことという習慣があった。葬儀は香典でとんとん、なのは事実としても。枕経(遺体が自宅に戻った段階で僧侶を呼んでお経を上げてもらう)、通夜、本葬その他で、お坊様にはきちんとお礼を包まねばならない。葬式は金が掛かるのだ。どれほど地味葬にしたって百万は用意しておかねば安心できない。

次。カードも全部止まる。家族カードもだ。これで口座が凍結されたら、遺族の生活はどうなるのか。そして、後述するように、この凍結を解くには無限の手間と時間が掛かる。いやまあ無限というのは主観だが、どんなに急いでも、かつ、何の遅延もなくとも(これが遺言の大問題である)一箇月は掛かる。普通にやったら三箇月は掛かる。遺言があって、かつ、それが司法書士に作らせていないものだと半年は掛かる。

故に、まず第一のお勧めは、夫婦それぞれの名義で口座を作って葬儀費用と当座(三箇月以上)の生活費をプールしておくことだ。これがあれば、取りあえず、死去の当日に遺族が銀行まで走る(で、じつのところこの行為が合法なのかどうかについて、私は多少の疑問を抱いている)必要はなくなる。

で、遺言書の問題だ。

葬儀についての希望を遺言に書くのは全くの無駄である、と、最初にはっきり断言しておこう。私の場合、葬儀の相談は、まだそのままの遺体の傍らで駆け付けた叔父とすることになった。それもごく短く、一言二言の相談で決定である。即座に選定された葬祭社に連絡を取って、弔問を受け僧侶を呼べる体勢を調えてもらう。ここまでの所要時間は約四時間。

病院で亡くなった場合には、病院の方が手助けしてくれるだろうが、それでも基本的なことは予め決めておくことが望ましい。例えば故人が、クリスチャンくらいならまだいいが、ムスリムだったりしたらどうするのか(いるよ、結構)。或いはもっと特殊な宗派の人だったらどうするのか。兎も角、時間がないのだ。遺言など悠長に開いて故人の遺志を確認してから手配している暇はない。多くの場合、遺族は腰を下ろして休む暇さえなく駆けずり回り、後から遺言書を開いて、故人の遺志通りにしてやれなかったと悔やむことになる。取り合えず相応の葬式を出した後で、超地味葬を希望していたと判明しても、逆でも、遅いのだ。

従って、葬儀に関する希望は、細目に至るまで文書化し、その内容を予め詳しく具体的に家族に伝えておくことが望ましい。

どこで、どのような形で葬儀を出すか。その場合の連絡先。葬祭場は一杯であることも考慮し、第二希望くらいまでは書いておくべきであろう。特に散骨を希望する場合は、遺骨の処理に特殊な条件が課されているので、専門の業者への依頼が必要となることをお忘れなく。

納棺時の服装に希望がある場合は希望するだけではなく、きちんと判る場所に準備をしておく。棺に入れてもらいたいものがあるならそれも。納棺までの時間は、翌日の通夜であったりすれば、二十四時間ない場合もある。遺族はその間、弔問客接待その他に奔走し続けている。また、希望は必ずしも実現しない。火葬炉の条件その他により、棺には燃えにくいものは入れないでくれと言われることがある。

で、そうした私的な遺言を書き残す際に、絶対にしてはいけないことがある。封をすること、だ。

故人がそうした形で書き残したものは勝手に開けてはならない(罰金四万円、だったかな?)。家庭裁判所で検認を受ける必要があるのだ。こうなれば葬儀には絶望的に間に合わない。それ以後の手続きにも遅滞を来す。

で、ポイントはここである。遺言書には取りあえず三つの形式がある、とお考え頂きたい。開封の遺言、封をされた遺言状、司法書士によって文書化された遺言状である。

開封なら、何の問題もない。故人が書き残した非公式の遺志に従って遺族が協議し、遺言を執行すればいいのだ。葬儀を執り行い、遺産を分割する。遺産なんかない、と仰る方のために一言申し上げておけば、故人の持ち物は鍋釜衣類から雑誌に至るまで、一応は、遺産である。三万円の銀行預金でさえ、遺産である。故に、多くの場合例えば故人愛用のPSPやパソコンを誰が持ち去ろうと煩いことは言われないだろうが、理論的には、誰にでも幾許かの遺産はあるのだ。

司法書士によって文書化された遺言状なら、これもまた何の問題もない。ただその通り、執行すればいいのである。

一番問題なのは、故人が生前に書いて封をした遺言状だ。これは厄介極まりない。まず、裁判所に行って検認の手続きを取る必要がある。裁判所が多忙だと、申し出てから検認までに三箇月掛かることさえある(うちの場合、葬儀を終えた十一月下旬に申請して、実際に検認されたのは二月だった)。この間、基本的には、例の口座の凍結は解くことができない。これがどれほど由々しき事態かは、既にお分かりだろう。

従って、遺言状は書かない、というか、飽くまで非公式な希望の表明ということにして封をしないか、いや色々あるんで生前にきっちり決めて拘束しておく必要があるのだというなら、司法書士に作ってもらう、このいずれかが正しい選択である。

さて実際の執行に関してだが、これはその場で試行錯誤していただくしかないであろう。経験は箇条書きでいいから、できればweb上に残して頂きたい。現にある記事がどれくらい参考になったか、こればかりは筆舌に尽くしがたく、記録を残して下さった方々には心の底から感謝している。

多少なりとも「資産」と呼べるものががおありなら、弁護士に執行を依頼するのが正解だという気もする。遺産総額の何パーセントかを手数料として取るが、必要な手続きの煩雑さを考えると、それも悪くはなかろうと思う。

一応検認された遺言状があればそれに従って遺産分割協議書を作る(司法書士に依頼する必要がある)。この遺産分割協議書があれば、口座凍結その他はスムーズに解除される筈であるが、実際には、銀行の窓口はそうは動いてくれないことがある。その場合は一々に凍結解除の手続きを取っていかなければならない。必要書類は窓口でくれるが、他に故人の原戸籍(出生から死亡までの全事項が記載された戸籍)またの名を全部事項証明、相続人全員の戸籍・住民票・印鑑証明、および捺印、が必要となる。状況次第では十通以上が必要となるので、纏めて取っておくことをお勧めする。

更に、相続が発生した場合には確定申告が必要になる。この場合は銀行の残高証明(当然、銀行)、不動産の評価額の証明(これは不動産の所在地の税務署)、山林がある場合にはこれまた評価額の証明(森林組合)を取らなければならない。この場合も故人の原戸籍相続人全員の戸籍・住民票・印鑑証明、のいずれかまたは全部が必要になった筈だが、記憶が曖昧なので、当該窓口でご確認いただきたい。

まあ多分、どこかで二度手間三度手間を掛けてこのようなややこしいことになったと思うのだが、一応、ご参考まで。

p.s. これは直接故人と血縁のない方へのお勧めだが、香典の内袋には金額とともに住所氏名電話番号を書いて頂けると、遺族はとても助かる。なんとなく慎みに欠けるとお考えかも知れないが、時としては名字しかない香典袋の名前を故人の持っていた住所録と引き比べて、この人だろういやあの人じゃないか、とやるのは、故人を偲ぶ意味では趣深い行為ではあるものの、些かの手間であることは言うまでもない。

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