ちなみに時間は14:00〜15:30、駿河台校舎リバティタワー2階 1022番教室になります。タイトルは決めかねたまんま来てしまいましたが、とりあえずは去年のまとめやって、「顔」の話をさらにやります。案内等ないかもしれませんので、教室番号を控えた上でおいで下さい。
それではまた。
久しぶりに妹に電話したら、怒りの記事の後ブログ更新しないんで、何かよほど不快なことがあって凹んでるんだと思っていた、と言われたので、慌てて弁明することにする。
いや、別段凹んでる訳ではないんです。中華食ったりヴァイオリンの弦談義に耽ったり帰ってヴァイオリン弾いたりレッスンに行ったりバルカン・ビート掛けて葉巻吸って踊ったり(クストリッツァの映画に出て来る、線路にコカイン撒いて吸うわ衛星電話でドイツのテレクラに電話掛けるわの、しょうもない悪親父になりたいね、とこういう時には心の底から思う——側に寄り付かれるのは御免だが)、ワーグナー聞いて陰気に心を洗われたり(元気にはならんだろ、普通)パリで買って来たバルカン親父ジジェクの新刊読んで、ヨーロッパ人のバルカン差別にマジ腹立ててるのを読んでげらげら笑ったり(立派なコラムニストだよな——洒落きつすぎるけど)編集者に叱られて短編送ったり更にまた書いたり、『群盗荒野を裂く』入手したり『Heroes』第一シーズン最終話見て結構冷めたり(ああも露骨に「続く」されるとな)某所から貰って来たサウスパーク最新シーズン見て盛り上がったりしてて更新忘れてたというだけなんです。
しかし『シンプソンズ』の劇場版見てつくづく思ったけど、『サウスパーク』はプチブル的だねえ。誰も、ケニーの家でさえも、台所では飯は食わない。スタンの家に至っては一人一台パソコン体制だ(おまけに姉さん以外はたぶん全部mac)。P.J.オロークが怪しいメガ・チャーチ系テーマパーク行って、清らかな信者連中にむかっ腹立てながら誰も天然素材を着てないと指摘するエッセイがあったけど、あの辺りと極めて近い、自分が抜き難くプチブルであることに苛ついているプチブル特有の自己破壊衝動が凝り固まったような代物だ。それを自分が抜き難くプチブルであることに苛ついているプチブルが見て大受けしている光景ってのは、わが事ながら心が寒い。で、シーズン前半最終話はまだでしょうか。
p.s. 公式サイトで予告編見て来たが、所謂「神回」の予感がする。まあ前回もそれなりにそうではあったんですが。エロサイト・シミュレーターには笑った。西原理恵子みたいだった。
昔々、まだヨーロッパ人が植民地を持っていた頃の話として聞いていただきたいのだが、その植民地にある某市の公園には斯くの如き看板が平然と掲げられていた。
犬と原住民入るべからず。
でさて、その看板を見た博愛主義的ヨーロッパ人曰く。
「別にいいんじゃないか。公園なんて、善良な原住民が入りたがるような場所でもなかろう」
同じ看板を見た《賢い》原住民曰く。
「公園なんておれたちには用のない場所さ。こういうのを差別だとは、おれは思わないね」
この両者の間では容易に気持のいい意見交換が可能になるだろう。所謂、話せばわかる、という奴だ。そして両者は、この看板を見て人を馬鹿にするのもいい加減にしろと言い出す原住民を横目で見ながらこう言う。
「いやまあ、それが君の芸だと言うならそれで仕方がないけど、でもそんなに頑張らなくていいんじゃないの?」
これは某所で名指しでいただいた冷笑に対する私の回答だとお考えいただきたい。そして何故わざわざ回答するのかと言えば、その冷笑があまりにも類型的であり、こういう類の有象無象は山のようにいるので(いやもうほんと、同じ人とひと括りで同じ冷笑って何十回目だよ——まさか、ものっすっごく独創的なこと書いているつもりでいた? そりゃお気の毒)いっぺん釘を刺しておくべきだろうなと考えたからである。もっと簡単に答えてくれと言うなら、よろしい。お答えしよう。
私に奴隷根性を期待しないでいただきたい。
或いはまた
国にいたら泥食ってるようなざまして、またお高いねえ、この食い詰め白んぼが。
更に加えて《賢い》原住民の方には
てめえは精々食い詰め白んぼの靴でも舐めてるんだな。
もちろん、この人種差別ネタは適宜置き換えてお考えいただきたい。まあ、置き換えるだけの想像力がおありなら、という話だが。《賢い》原住民である方が、食い詰め白んぼどもの受けは良く、社会的にもうまくやっていけることは百も承知だ。その上で敢えて《愚か》であることを選ぶ理由がわからないとしたら、ものなんか読むのも書くのもやめた方がいいよ。
『夜は短し恋せよ乙女』のコミックが出たと言うので表紙を見てみたのだが——何と言うか、普通に可愛い。これでいいんだろうか。もうちょっとフツーに不気味可愛い子(『あーる』のえりかちゃんをボーイッシュにしたような)を想像していたのだが。大体服が変だ——早稲田にいた時、こんな格好で文キャンは歩けない、と言う言葉を聞いて、一応ちゃんとみんな考えてるんだなと思ったものだが、これではどこのキャンパスも歩けまい。大体女友達に白眼視される。ちなみに『太陽の塔』の彼女についてはビミョー、と言うか、客観的にはいまいち、でややふて腐れ気味に無愛想な子を想像していたのだが(でないと主人公の哀れさが出ない)、これもやっぱり違うのか。やっぱ普通に可愛いくて、やっぱキャバクラみたいな格好して、やっぱ無用に愛想がいいのか。まさかそんなことはあるまい。
さて三月も末だ。二週間ばかりの滞在であったが(私としては至極短い)良く考えると結構色々聞きに行ったことになる。
1. ベルリン・コーミッシェオパーの『タウリスのエウリディーチェ』。いやあ、これは凄い。
2. 同じくコーミッシェ・オパーの『ホフマン物語』。これも傑作。
3. シュタッツオパーの『マイスタージンガー』。糞。なだけじゃなく客がナチ。不気味度100%。
4. クストリッツァ/ノースモーキングオーケストラの『ジプシーのとき』。生でTNSOが聞けただけでも幸せだが、映画監督が舞台を演出、って、あんまりうまく行かないね(ポランスキーにしてもヘルツォークにしても。すごいと思ったのはカヴァーニの「メデ」くらいか)。それにしてもこれに拍手喝采してるパリの客ってのも微妙だな。自分たちが罵倒されてるのが判らないのか(つーか、ジジェクの新刊買って読んでるけど、その辺のひりひりする感覚は彼も判らないことにしているようで、クストリッツァはヨーロッパ人のバルカン差別に与しているかのような感覚を持っているらしい。しかしたとえばEvropaなんかどう思うのかね——はっきり言って「お友達」だと思うんだが)。六月の来日に期待。
5. バスチーユ・オペラの『ヴォツェック』。全然期待していなかったが途轍もない上演だった。こんなに面白いオペラだっけ?
この辺は追々感想を書こうと思っているが(ちなみに『マイスタージンガー』はミステリマガジンに、『ジプシーのとき』はHersに書こうかと。しかしHersはいつまでこの歪んだ趣味に付き合ってくれるかね? ちょっとは軌道修正を計るべきか?)、まあ二週間にしては実り豊かだったよね。もっとも映画が全然というのはちと悲しい。オデオンの脇の名画座潰れてるし。パリも変わるね。
残る二日はちんたら美術館にでも行って過ごす予定。何と言おうか、パリに来てはじめて、これって休暇だったんだと悟ったよ。うちの曽祖母あたりは温泉に浸かる喜びを称して「じょんのび」と言ったらしい。寿命が延びる、という訳だが、まさにそんな感じであって、ばりばり何かして歩こうなんて気には全然なれないのである。雨がひどいんで自転車はしばし中止だ。
ちなみに、一部で疑問が生じておるようだが、何故自転車が一通を守らなければならないのであろう? 答は簡単で、危ないからだ。両側を路上駐車の自動車がずらりと塞ぐ通りを逆走している時、反対側から自動車が猛スピードで突っ込んで来たら嫌でしょ? たまに逆走おじとかいるけど、あの地元商店街感覚は真似る気にならん。危ないので基本、逆走時は歩道を引っ張ってます。まあその分、車に混じって走る時には文字通り暴走してますが。いやあ、モンパルナッス方向は歩いていると気が付かないけど上り坂なのね。後で猛然と筋肉痛になりました。
ベルリンを発つ頃にはなごり雪程度だったのが、ハノーファーを過ぎる辺りから吹雪になり、それがケルンで乗り換えてからもしばらく続いた。吹雪地帯を抜け出すと、地平線に暗雲が立ちこめて美しかった。夕刻パリ入り。暖かい気がしてショール一枚で出たら、相変らず綿入れを着た道行く人に変な顔をされたが、ベルリンに比べれば大分暖かいよ。
それにしてもベルリンでびっくりだったのは、信号を守らないことローマ並み、というだらしなさなのであった。ドイツ人は真夜中一台の車も来ない横断歩道でもきちんと青になるのを待って渡ります、とかいう話を聞いて、そんな奴らはいっぺん死んでこい、と思った私としては(いやね、動物園駅で日本人バッグパッカーを袋叩きにするドイツ人が嫌だとか、ゾーリンゲンでトルコ人の家に火を点けるドイツ人が嫌だとか、ミュンヘンで日本人旅行女はみんな格安娼婦だと決め込んで五マルク持ってセクハラに来るドイツ人が嫌だとか、そういうこと以前に、この信号話的ドイツ性が私は嫌いだったのよ)、これは快哉を叫びたい情景であった。何と言おうか、適宜信号を無視して暮す人々=人間的、という不思議な思い込みが私にはある。ところでこれはさして攻撃性の高くない人々が運転している場合、であって、たとえばローマで好きなように道を渡るのに慣れてフィレンツェに行くと、これが結構危なかったりするのであった。歩行者信号赤はおれのターンだと思って(古いか、これ)突っ込んでくるからね。で、パリも同様です。昔は運転手との間に微妙な駆け引きがあったもんだけど(「轢くぞ轢くぞ轢くぞ」と走ってくる車の運転手を睨み付けながら渡ると、結局スピードを落として合わせてくれた)、もうそういうご時世じゃないのよ。タクシーの値段とかも東京並みになってるし。
今日はホテルの前の貸自転車借りてみようと思ってます。生きて帰れるよう祈ってて下さい。
p.s. 一方通行の道を逆走しないよううねくね走り回っていたらモンパルナスタワーまで行ってしまった。帰って来るのに結構難儀した。ただまあ、意外といけるもんです。
で、昼飯をマビヨンの昔懐かしい系レストランに入って食べていたら、窓際にいいスーツを着たひどく自意識過剰な小泉ヘアの男がいて時々四方八方に愛想を振りまいている。どこかで見た顔だなと思っていたら、ヴィルパン、というか、日本の新聞表記だとドヴィルパンであった。フランスの政治家はそこらのレストランに時々出没して見せるとは聞いていたが、現物を拝むのは初めて。いやあ、飯食いながらもそこはかとなく愛想を振りまくと言うのは大変だし、大体端で見ていてちょっと恥ずかしい。というか、選挙民でもない人間から見るとイタい。で、このイタさというのは、たとえばバルザックを読んでいる時に感じるイタさに近いものがあるのであった。自分たちの習俗の馬鹿ばかしさを客観視できないイタさ、とでも言おうか。これあるが故に、実を言うならバルザックを読むのは相当に辛い。
ちなみに中学生か高校生くらいの美少年が一緒だったが、よく見ると顔がそっくりなので、多分息子だったのであろう。親父のご飯相手の禿げた男(これもスーツよし)にむかって一生懸命何か話すのがけなげであった。白いシャツに薄青のVネックのセーターという、青少年にあるまじきコンサバなスタイルだったが、席を立つとシャツは裾出し、パンツは少し下げ気味、というのが辛うじて今時の若いもんらしく、好感が持てた。
ところで現在ヨーロッパではタバコを吸うのが非常に困難である。フランスでは飲食店での喫煙一切駄目で、確か路上でも駄目、公園に行って見たが灰皿は全て撤去され、ホテルも全面禁煙だった。で、どういうことが起るかと言うと——路上の人だんごが無闇と増える。そしてその人だんごから煙が立ち上っている。何しろフランス人は常につるんでいるのが好きだから(これ、ほんとだよ——根は日本人より付和雷同な人たちだと私は思う。ただ、その付和雷同がややツンデレ気味なのだ)、店で煙草が吸えない、道でも吸えない、仕方ないから店の入り口に屯して、約一名の足が店の入口のマットの辺りにかかっていればいいよね、と言う状態で、集団で駄弁りながらタバコを吸うのである。
これ、ひどく通行の邪魔なんだけど。
ちなみに職場も禁煙らしくて、よく通用口に灰皿置いてみんなでお煙草休憩している。見てると面白い光景だが(たとえば守衛なんかにも女の子がいてさ、制服きちっと着て実に可愛いんだけど、それが職場のおっさんたちと一緒にだんご作って煙草すって何か喋ってて、その様子がまるっきり守衛のおっさん、というのはいいものだよ)、あれ、生産効率猛烈に下がってないか?
まあ、経由してきたパリでは一軒、喫煙OKの店見付けたけど。硝子で囲ったテラスのテーブルに灰皿があるんで聞いたら吸っていいって。私が腰を据えた反対の端では、渋い親父がジタンぶかぶか吸いながらずっと携帯でしゃべり続けてた。これだよ、これがヨーロッパだ。お給仕のお姉さんは銜え煙草で、自分も出てきちゃ吸ってる。難があるとすれば本来は例の「海の幸」てんこもりをやる店なんで夜は使えないってことくらいでしょう。幾ら何でも一人で「海の幸」は食わないし、「海の幸」食ってる奴の隣でトスカナも吸わない。やられたら私自身が激怒するからだ。
詳細は省くがベルリンにいる。来てみたら別段怖いところでも何でもなかったのは良かったと言おうか何と言おうか、兎も角、ドイツ、と聞くと思わず嫌な気持になる佐藤亜紀が嫌な思いをするようなドイツ性は全くない土地だ。例のヒトラーが最後の十二日間した穴、とかにも潜りに行っていないので、悪夢を見ることもない。リーベスキント設計のユダヤ博物館(というか、ああなるともうリーベスキントのアートである。おかげでリーベスキント固有ののごきごきした線をすっかり覚えてしまい、誇大妄想狂の殿堂ペルガモン美術館の二階で最近の博物館の設計はこんな感じ、という展示を見た時も一撃で、これリーベスキントだろ、と見分けが付いた)も、行ったら正気度が激減するんじゃないかと案じていたが、何、穏やかなものであった。歴博もそうだけど、何かあんたら、全てを穏やかな方向へ穏やかな方向へと持って行こうとしてないか、という感じである。兎も角、妄念なし、狂気なし、不気味な地霊なしの土地だ。人々までそこはかとなく親切で、訛っていて(ウィーンの訛りもすごいと思っていたが、そんなレベルではない)、そして少々とろく、故に慎重で間違いがない。タクシーの運転手まで、五分くらいなんだから歩きなさいと諭してくれる。そこまで徹底して更地にされたか? それとも最初からこうなのか? 或いは私の業が落ちたのか(でなければ到達できないと言うくらい到達できない土地だったんだよ。行こうとすると必ず何か起って行けなくなる)。こういう感じならちょくちょく来てもいいと思うよ。オペラする劇場が三つもあるし、それがみんなアート系演出だし、物価、パリの半分だしね。
で、ついつい緩んじゃって、旧東側で飯を食ってバスに乗ってついうとうとして、目を覚ましたら動物園駅だった(町並みの感じから言うとね、日本橋でバスに乗ってはっと気が付いたら池袋にいた、みたいだったよ)。あっという間に旧西側に飛ばされていた訳だ。このシュールな状況を再検討すべく更に別なバスに乗って、所謂チェックポイント・チャーリー跡を見物に行った。壁がある頃から、あそこを越えて東側に入りたいとずっと思っていたのだ。何度試みてもベルリンに到達すること自体ができない、という謎の状況が解決された以上、行かない訳には行くまい。フリードリヒシュトラーセのかなりこちら側からでも、道の真ん中にでっかい兵隊さんの写真が下がっているのがみえたので、あそこだろうとは見当を付けていたのだが、行って見たらすごい観光地と化していた。道の真ん中に連合国側の小屋がそのまま残っていて、バイトらしき青年がGIの格好して星条旗持って立っていて、並んで写真を撮ってくれる。道の脇では怪しいビザを売っている。あたりは土産物屋だらけで、修学旅行客やおのぼりさんが群がっている。何やらひどく楽しそうな乗りなのに憮然としながらも(お前ら、そこに壁があったんだぞ、忘れたか)、ついついチェックポイント・チャーリーTシャツとチェックポイント・チャーリー・ライターを買ってしまう。ライターは使い捨てなのになんかでかくて良かったからだけど、このTシャツはどうするんだろう。悩ましい。
それにしたっていつの間にかあの時代は「冷戦と呼ばれる時代」と言われることになってしまっていたのであった。歳をとる訳だ。テレビを付けると毎日のようにインドシナ半島の地図が映る時代に育った私としては結構感慨無量である。
『黄金の羅針盤』を見てくる。
英国が無敵艦隊に完敗を喫してから三世紀。地上にはスチームパンクな技術の黄金時代が到達したにもかかわらず、人々はローマ教会の抑圧と苛斂誅求に苦しんでいた。世界をカトリックの魔手から取り戻すべく立ち上がった英国男児な善の科学者の行方を阻むイエズス会の黒い影。そして舞台は北極圏へ。それぞれに土民を手なずけた科学者軍団とイエズス会の最終決戦が今や始まろうとしていた——。
という話だったらなんぼかよかったと思うよ。悪のイエズス会士、ってのは嬉しいお約束だし(真面目な修道士のみなさんには申し訳ないが、葉巻くわえたでぶ資本家級のクリシェ)、結局やってるのは原住民や被差別民を立てての代理戦争なんだしさ。反キリスト教より、土民やジプシーへのああいう視線の方がまずかろう。大体、何でジプシーの名前がビリー? 「そんな名前ないよ」「お前ちゃんとした名前がないんだな」「よし、今日からお前はビリーだ」とか言って白い餓鬼どもが勝手に付けてないか? 植民地主義丸出し。まあ、ファンタジーって書き手も読み手もそういうとこ時々猛烈に無神経だから、帝国主義時代の植民地快男児ものそのまんまの筋書き(スターウォーズも繰り返しやってたよな)で反キリスト教だか宗教だかができると思い込む訳だが——お前らに比べたらカトリックなんざ繊細無比、無害なもんだぜ。
ちなみに続編はアフリカの土民を雇った代理戦争、三作目はインドでマハラジャを抱き込み四作目は南米で革命、とか思ってたら、何か『天使禁猟区』みたくなるらしい。そこまでぶっとぶならそれはそれでいけるかもしれないのですが——劇場では観ないな、もう。